十勝の事業創発につながる企業の取り組みを、LANDスタッフが取材し掲載する「LANDSCAPE」!
今回は、合同会社NTMの村井 誠剛さんにお話を伺いました。
北海道大学大学院在学中に、合同会社NTMを創業。現在は家畜用ヒマラヤ岩塩の販売や、酪農・畜産農家へのコンサルティング業務を主な事業としています。村井さんのこれまでと、日本の農業への熱い思い、これからの展望についてお聞きしました。
合同会社NTM 村井 誠剛さん
プロフィール
村井 誠剛さん(むらい せいごう) 代表社員
岐阜県美濃市出身。母方の実家が米農家で、幼少期から農業に触れると同時に業界の可能性を感じ、持続的に稼げる農業を志す。北海道大学院では先進農業を学び、近代的な水耕栽培を研究。また大学時代に出会った農家のりんごジュースを販売し、シンガポールや上海などへ輸出などを行っている。
学生時代にお世話になった酪農家の現状を新聞で知り、農業へ恩返しをしたいという想いで合同会社NTMを設立。大学院卒業後は東証一部上場企業 創業者の元で経営・ビジネスの基礎を最前線で学び、その経験を農業へ還元している。
自分を救ってくれた農業への恩返し。起業までの道のり。
――まずは、合同会社NTMの基本的な事業内容について、お聞かせください。
(村井さん)家畜用のヒマラヤ岩塩を販売する商社事業を行っています。また、バックオフィス業務の代行、新規事業立ち上げの伴走など、酪農・畜産農家さんへの総合的なコンサルティング業務も請け負っています。
――村井さんは、北海道大学大学院修士課程在学中に起業をしたと伺いました。
(村井さん)そうですね。修士課程2年の2023年に法人を設立しました。岩塩を本格的に販売するにあたって、農家さんに安心して長く使ってもらえるようにそれを保証するデータが欲しかったこと、そして岩塩の取引をする際に必要な許認可が法人のほうが取りやすいということもあり、法人化を決めました。
――ヒマラヤ岩塩については後ほど詳しくお伺いするとして、まずは村井さんの経歴について教えてください。
(村井さん)私は、岐阜県美濃市の生まれ育ちで、母方の実家が米農家を営んでいました。
その母方の祖父というのが、過剰なまでに他人のために何かをするような人で、その影響が家計にも出るようになってしまいました。「これだけ頑張っているのに、なぜこんなに貧しいのか」と子どもながら疑問に思うところもあり、昔から「持続的な農業」について関心をもっていました。
――子どものときから農業の在り方について疑問をもっていたんですね。学生時代は、どんなふうに過ごしていましたか。
(村井さん)小中高と柔道漬けの日々を過ごしました。オリンピック選手を輩出するようなトップクラスのところで、日々練習に明け暮れていました。大学は、青森県の弘前大学へ進学しましたが、その理由も高いレベルで柔道が続けられるのと、農業についてしっかり勉強ができるという二点からでした。
――弘前大学の在学中に転機があったそうですね。
(村井さん)大学3年生のときにニュージーランドに留学していたのですが、新型コロナウィルスが流行して帰国を余儀なくされました。
そこで、日本へ戻るとコロナ禍でバイトなどが出来ず家計も厳しくなりました。
そのときに出会ったりんご農家さんが、働く代わりに寝食の面倒を見てくださることになりました。りんご農家で働きながらそこに寝泊まりするという日々が始まったのですが、しばらく経ってその方も高齢を理由にりんご農家を辞めてしまいました。これが大きな転機になりました。
なぜ、こんなにも簡単に農業を辞めなければならないのか。農業という業界の難しさを痛感し、もっと本質的に日本の農業を稼げる仕組みにしたいと、いつからか「起業」という選択肢が生まれました。そこで、私にできることから始めようと思い立ち設立したのが弘前大学の学生団体「チェンブル」です。
――「チェンブル」ではどんな活動を行っていたのですか。
(村井さん)SNS運用やクラウドファンディングの立ち上げなどで、少しずつ農家さんからお駄賃を頂くというような簡単なところから始まりました。今でもチェンブルは「青森を変える」(チェンブルの名前の由来はChange Blue Forest=青森を変える)という文脈で私たちの思いを継承し、弘前大学の公認サークルとして弘前市内でさまざまなイベントを企画運営しています。
その後、「もっと農業の勉強がしたい」という思いから北海道大学大学院へ転院しました。その頃、取引のあったりんご農家さんから「大量のりんごジュースが余っている」という相談を受け法人営業を始めたのですが、そこで3000万円ほどの売上を達成しました。
――初めての法人営業で3000万円の売上は、かなり大きな額ですね。どのように販売をしたのでしょうか。
(村井さん)国内で営業を続けて1000万円ほどの売上が見込めた頃に、輸出の仕組みを作ることができました。そこで売上が膨れ上がったんですね。当時は時代も良くて、日本ではあまり浸透していない「ライブコマース」という販売形式を採用することで、中国やインドネシア、シンガポールなどのアジア圏で、飛ぶようにりんごジュースが売れていきました。
ちょうど同じ頃、パキスタンにルーツのある大学院の先輩から「知人のヒマラヤの土地に塩山をもっている。ここで採れる岩塩を日本でどうにか売れないか」という相談を受けました。
――それが、現在の事業”ヒマラヤ岩塩の販売”の始まりですね。
(村井さん)そうですね。相談を受けたとき、牛がミネラル補給のために塩を舐めるということは既に知っていたので、わりとすぐに「牛用に使えるのでは」というアイデアが浮かびました。そこで、仲間ら3、4人と1週間をかけて農家さんに営業をかけたところ、ものの見事に10件ほどの農家さんと取引が成立したんです。
そこで、安定した流通ができるのか、牛への健康被害とかがないかなどの経過を見るために、一定期間を空けて様子をみようということになりました。卒業が近づいていた時期で、私も一般企業に就職する予定だったのですが、そのときに出会ったのが、セルソース株式会社創業者で現取締役CXO(最高変革責任者)の裙本理人(つまもとまさと)さんです。左:村井 誠剛さん、右:裙本理人さん
――裙本さんとの出会いが、村井さんのその後にどのような変化を与えたのでしょうか?
(村井さん)裙本さんとは、ある経営団体が主催した講演会で初めてお会いしたのですが、まさに私が理想とする経営者の姿を体現されている方でした。講演会後の懇親会をきっかけに意気投合、東京へ通うようになり、2024年4月からいわゆる「かばん持ち」として1年間、ほぼ毎日裙本さんのもとで勉強をさせて頂く日々が始まりました。
その間も、合間を縫って北海道で岩塩の販売を継続し、2025年5月に十勝・帯広へ移住、本格的に岩塩販売をスタートして現在に至ります。
「高品質で安価」家畜用ヒマラヤ岩塩を酪農家へ
――では、改めてNTMが取り扱っているヒマラヤ岩塩の一番のこだわりや魅力について、教えてください。
(村井さん)一言でいえば「安くて持ちがいい」という点です。大体、業界平均の40パーセントほどで、おそらく弊社が最低価格なのではないかと思います。加えて、弊社の岩塩は、人工的な練り物の塩に比べて熱や湿気に強く、溶けにくいという利点があります。
「持ちがいい」ということはつまり、交換頻度が減りますよね。持っていただけると分かりますが、特に女性にとっては、これを持ち運ぶのはかなりの重労働です。そういった面で、農家さんの労働負担も削減されます。取り扱っている岩塩
――低価格を実現できているのは、どのような理由からですか。
(村井さん)先ほどもお話ししましたが、パキスタンにルーツのある共同創業者の知人の塩山なので、問屋を介さずにダイレクトで仕入れられるというのが最大のポイントです。また、十勝の運送会社さんとも連携して、定期的かつ安定した流通を整備しているという点も大きいかと思います。
――岩塩の販売事業を本格化するにあたって、2024年5月に拠点を帯広へ移していますが、十勝を選んだ理由を教えてください。
(村井さん)「会社の事業計画としての十勝」と、「地域の可能性としての十勝」。二つの側面からこの土地を選びました。
まず、「会社としての十勝」という面について。岩塩を販売するにあたって様々な地域を起点として「半径200キロ圏内にどれだけの牛がいるか」をしらみつぶしに調べたことがあるのですが、帯広にピンを差すと、日本全体の4割ほどの牛がこの圏内にいることが分かりました。十勝を中心に、局所的に営業をし続けることができれば、気づいたときには大手を脅かす存在になれるのではないかと、事業の算段をつけました。
「地域の可能性としての十勝」という面でいえば、これだけ魅力的で可能性がある土地はなかなか他にありません。近年、大手企業が十勝に流入して、盛んに投資が行われている様子などをみると、今後私たちが農業分野において起こすアクションが、大きなインパクトをもって日本全体に波及する可能性が十分にあると思っています。そのようなポテンシャルを感じて、十勝を選びました。
――では、ヒマラヤ岩塩の販売に関して、今後の展望を教えてください。
(村井さん)展望としては二点あり、まずはできるだけ多くの農家さんへ、スピード感をもって弊社の岩塩を届けたいというのが一点です。頭数の多い農家さんであれば、塩だけで年間200万円から300万円ほどのコストが掛かります。
これを少しでもカットできれば、その分を従業員への福利厚生に充てることができますよね。例えば、従業員が住まう各住居にエアコンを設置するだけでも、職場に対する満足度が大きく変わります。結果的に、離職率が下がることもあるでしょう。
今年(2025年)は、畜産農家の倒産数が最多を更新してしまいました。たらればの話ではありますが、もしも私がもっとスピード感をもって動けていれば、事業再建できた会社もあったのではないかと責任を感じています。ですから、なるべく早く、具体的には道内の誰しもが弊社で岩塩を買える体制を、2年以内で作っていきたいと考えています。
もう一点は、一般家庭に向けて「岩塩プレート」を売り出していきたいと考えています。板状(プレート状)にカットした岩塩の上に肉をおいて加熱すると、ほのかな塩味を感じられて、それだけでも十分に美味しい焼肉ができます。牛肉とセットで販売をすることで、付加価値を付けられますし、ふるさと納税などに活用すれば市町村にも還元できる。弊社の岩塩を、資源として幅広く活用していく予定です。
岩塩プレート
地域のため、農業のために。これからの展望。
――ここからは、村井さんご自身のビジネスへの考え方についてお聞きします。これまでに、りんごジュースとヒマラヤ岩塩の販売という主たる事業を立ち上げた中で、学んだことは何だったでしょうか。
(村井さん)どんな事業でも「泥臭くとにかくやり切る」という気持ちと、それと同時に、冷静に自分を俯瞰する能力が必要だと思っています。
「泥臭く」という点でいえば、とにかく目標を達成すること。りんごジュースは、りんご自体の生産量によって製造できる量が決まってはいるのですが、それでもKPIという目標数値を設定して、それを何としても達成するという気持ちで、毎日動いていました。同時に、キャッシュフローについては、常に冷静な視点で見れていたと思います。
「自分を俯瞰する」という点で、自身の「キャラ付け」も徹底して行っていました。Instagramで「僕はりんごジュースを売る北大院生です!」というリールを繰り返し流して、セルフブランディングをしていました。「What I am 」を分かりやすく示していくのは、非常に重要なことだと感じています。
それから「得意なことと好きなことは違う」というのも、最近になってはっきりと分かったことです。私は、どんどん人に会って営業をすることが好きなのですが、実はひたすら
頭を働かせて結論を出し、事業再建の道筋を示す方が圧倒的に得意なんです。そちらの方が、社会に対して貢献できる幅が広いので、比重を大きくしたいと思っているんですが、でも、営業も好きなので……うまくバランスをとってやっていきたいですね。
――LANDでは学生へのビジネス支援も積極的に行っていますが、学生時代に起業をした先輩として、若い方へのアドバイスはありますか。
(村井さん)自分の価値観から来る大切にしたいものは何なのかを学生の皆さんにはぜひ考えてほしいです。大切なもの、「人生をかけてやりたいこと」と言い換えることもできますが、私の場合は「農業界のイノベーターであり続けたい」ということ。文脈が農業であれば、何でもやりたいんです。
「農業」という一本の大きな軸から枝葉が広がっていくのであれば、それが「好きなこと」でも「得意なこと」でも良いのですが、枝葉の部分だけが伸びても、軸がなければ挫折してしまう。だから、まずは学生時代に自分だけの価値観を養うこと。それを伝えたいですね。
――では、会社としての今後の展望を聞かせてください。
(村井さん)これまでも圧倒的なスピード感と決断力で事業を展開してきたため、それを維持するということが第一。その上で、何をやるか。とにかく「日本の農業のためにありとあらゆることを全てやる」と、本気で思っています。私たちのパフォーマンスを最大限に発揮して、地域のために、農業のためにできる限りのことをしたい。
会社としても、買収などをしながら規模を拡大していきたいと考えていますが、日本では農業関連の企業に対する投資が、他国に比べて圧倒的に少ないんです。そこで、私たちが投資家という立場で「お金」という血液を流したり、人材を投入することで企業を再建したり、新しい会社を百社、二百社と立ち上げることができれば、それが波及して日本全体に広がっていく。そんな未来を今は想像しています。
――ありがとうございました。最後に十勝の皆さんへメッセージをお願いします。
(村井さん)これまで夢物語を語ってきましたが、まだまだ従業員数は片手で収まるほどの小さな企業です。しかし、今も8つほどの事業が同時進行しており、刺激的な毎日を過ごしています。こういった面白さを味わえる組織はなかなかありません。私たちと夢を追いかけてくれる人を待っています。
(編集後記)
取材を通じて、村井さんの言葉や行動のすべてが「農業」という一本の太い軸につながっていることを強く感じました。ヒマラヤ岩塩の販売という事業も、その先には酪農家の経営改善や地域の雇用、さらには日本の農業全体を支える仕組みづくりが見据えられています。
村井さんが展開する事業には、農家の労働負担を減らし、経営に余力を生み出したいという現場目線の思いがありました。また、事業のスピード感や責任について語る言葉からは、農業を支える立場としての強い覚悟が感じられます。事業を単なる「ビジネス」としてではなく、「責任」として捉えている姿勢も印象的でした。
十勝という地を選び、この地域から日本の農業にインパクトを与えようとする村井さんの挑戦は、今後さらに加速していくことでしょう。LANDとしても、こうした志ある挑戦者が十勝で根を張り、次のアクションを起こしていく過程を、引き続き応援していきたいです。